奈良-「菅原天満宮」「喜光寺」など【菅原】の魅力<5ヶ所>

 奈良県奈良市 近鉄尼ヶ辻駅を最寄りとする菅原地区にある「菅原天満宮」「喜光寺」「垂仁天皇陵」など古墳時代から行基、そして菅原道真生誕の歴史の舞台となった場所を5ヶ所ご紹介します。


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奈良-菅原の魅力「喜光寺」
奈良-菅原の魅力「喜光寺」

古代の歴史の舞台-奈良市「菅原」

 近鉄「尼ヶ辻駅」を最寄りとし「大和西大寺駅」や薬師寺、唐招提寺がある「西ノ京」からも近い奈良市「菅原」エリアは古墳時代から奈良時代に活躍した僧「行基」そして、菅原道真の誕生物語と長きに渡り菅原氏そして行基を中心とした歴史の地です。

 

 このページでは、この地の歴史をたどると同時に

・菅原エリアの概要

・菅原はにわ窯跡公園

・垂仁天皇陵(宝来山古墳)

・喜光寺

・菅原天満宮

・菅原天満宮遺跡天神堀

についてご紹介します。

奈良市-「菅原」エリアはココです

◎観光案内の媒体によっては「大安寺」と同じくくりにされている場合がありますが、全く異なるエリアです。

◎住所の「奈良市菅原町」と重なる部分もありますが、その周辺も含みます。

・地図(画像)OpenStreetMap © OpenStreetMap contributors (Open Database License CC BY-SA)

鉄道

▶最寄り駅は近鉄「尼ヶ辻駅」となります。

▶近鉄「大和西大寺駅」からは徒歩1.1kmです。

バス

▶「阪奈菅原」「菅原東」バス停が最寄りです。

・日中1時間あたり1本の本数です。終バス時刻にはご注意ください。

・近鉄奈良駅、JR奈良駅から学園前駅を結ぶバスは「阪奈菅原」を経由しない経路もありますのでご注意ください。

>>奈良交通について

 

▶「菅原神社」バス停(2021年7月3日に「菅原天満宮」に改称予定)は、運行ルート上、奈良の観光周遊の観点からあまり便利ではありません。

▶「ぐるっとバス」は菅原エリアのバス停を通過します。

古墳時代の伝説 菅原氏の誕生

 日本最初の天覧相撲をした伝説(@桜井市相撲神社)で知られる野見宿禰(のみのすくね)が垂仁天皇の皇后が崩御した際、当時は主流であった生き埋めを取りやめ、代わりに「埴輪」を埋めるよう提案します。これが評価され垂仁天皇から「土師」(はじ)の苗字を貰います。ただし、この話は伝説上の物語であると見られます。

 埴輪制作の「きっかけ」は伝説であっても、土師氏が埴輪や土師器の制作に従事していた事柄の証拠は発見され、奈良市-菅原のエリア内から埴輪を制作していたとみられる窯が出土しています。

 この土師氏の一部が後世になり、この地の地名から「菅原」を名乗ります。

菅原はにわ窯公園

菅原はにわ窯公園
菅原はにわ窯公園

(菅原東遺跡埴輪窯跡群)

 住宅街にある埴輪を製造していたとみられる窯の跡地です。平成になり周辺の開発に伴い移設された窯が公開されています。窯の周辺には埴輪を模したオブジェが点在しえいます。

>>奈良市>菅原はにわ窯公園

>>奈良市>菅原東遺跡埴輪窯跡群

【参考】菅原エリアではありませんが…

 「佐紀陵山古墳」

 大和西大寺駅から15分程北に歩いた「佐紀古墳群」を構成する古墳の一つです。垂仁天皇の皇后日葉酢媛命(ひばすひめのみこと)の陵として治定されています。

>>橿原考古学研究所>大和の遺跡>佐紀陵山古墳

>>googlemap

近鉄から見える 宝来山古墳(垂仁天皇陵)

宝来山古墳(垂仁天皇陵)

宝来山古墳
宝来山古墳

 近鉄橿原線「西ノ京駅」~「尼ヶ辻駅」の車窓に現れる古墳が「宝来山古墳」です。全長227mの前方後円墳で垂仁天皇陵に治定されています。

>>宮内庁>天皇陵>垂仁天皇 菅原伏見東陵

堀の中の島が田道真守の墓
堀の中の島が田道真守の墓

 宝来山古墳の堀の中にある島は「田道真守」の墓です。田道真守は垂仁天皇に命じられ不老不死の果実(橘)を取りに行くため中国の蓬莱山まで行きますが、帰って来た頃には垂人天皇は亡くなっていました。これを知った田道真守は悲しみ自ら命を絶ちます。景行天皇が垂仁天皇のそばに埋葬したという話です。これを基にして今では地域の方が宝来山古墳の近くで橘を育てられています。

橘が地域住民の手で育てられている
橘が地域住民の手で育てられている

行基の活動拠点「喜光寺」

喜光寺

喜光寺
喜光寺

 阪奈道路から朱塗りの門が見えるお寺が「喜光寺」です。創建にはいくつか説があり、菅原氏の菩提寺として創建した説、寺史乙丸(一部の非公式資料に菅原氏関係者との旨あり)が邸宅を行基に寄進した説があります。

 喜光寺は当時は「菅原寺」と呼ばれており奈良時代に公共事業を行い、奈良の大仏の建立にも活躍した僧「行基」の活動拠点でした。聖武天皇が行幸で訪れた際に、仏様が光り輝いて見えたことから「喜光寺」と呼ばれるようになりました。

 平安時代以降は衰退し、室町時代再建の本堂は後の火災を免れ現存しています(重要文化財)。鎮守の天満宮(現在の菅原天満宮)は廃仏毀釈の織に分離されています。

 平成になってから南大門が復原され、2014年に行基堂が建立されています。

>>喜光寺公式サイト

菅原道真誕生の地 説

菅原天満宮

菅原天満宮
菅原天満宮

 古来より土師氏→菅原氏についてはこの記事の冒頭にお伝えした通りです。その菅原氏のゆかりの地にある天満宮です。日本最古の天満宮とされています。

>>菅原天満宮公式サイト

菅原天満宮遺跡天神堀

菅原天満宮遺跡天神堀
菅原天満宮遺跡天神堀

 菅原道真の産湯の池として伝えられる地です。諸説ありますが菅原道真誕生の地の一つです。

こぼれ話

横領町

 現在の菅原エリアの一部は、かつて横領町と呼ばれていました。「よこりょう」と読み三条大路を表現した「横大路」が訛った結果とされています。

参考文献

菅原天満宮公式サイト http://www.sugawaratenmangu.com/

喜光寺公式サイト http://www.kikouji.com/

奈良市役所公式サイト>菅原はにわ窯公園 https://www.city.nara.lg.jp/site/bunkazai/2434.html

奈良市役所公式サイト>菅原東遺跡埴輪窯跡群 https://www.city.nara.lg.jp/site/bunkazai/8412.html

桜井市役所公式サイト>相撲神社 https://www.city.sakurai.lg.jp/kanko/syaji/kashiramoji/sagyo/1395291720304.html

「ドラマチック奈良 昔むかしをつぶさに歩く」小倉つき子 2010年 京阪奈情報出版

「奈良の寺社150を歩く」槇野修 2016年 PHP研究所

「奈良の古墳」まりこふん 2015年 淡交社

「古墳入門」広瀬和雄 2015年 幻冬舎

「奈良まほろばソムリエ検定」奈良商工会議所 2014年 山と渓谷社

現地案内板